
栢原陽子
この記事は、毎日決めることに追われて、自分の体や心のことが後回しになっている経営者に読んでほしいと思って書きました。
「ここまでお金をかけたんだから、もう少し続けよう」
そう決めたあとで、「あのときやめておけば」と思ったことはありませんか。
判断を左右したのは情報ではなく、決める前の数分の「頭の状態」だったのかもしれません。
経営者の仕事は、決めることの連続です。続けるか、やめるか。お金を出すか、出さないか。スタッフにどう伝えるか。忙しい日ほど、自分の体や心のことは後回しになりがちです。
このコラム「体と心から経営を整える」では、体と心を整えることが、経営判断や集中、人との関わりにどうつながるのかを、心理学や医学の研究と、私自身の経験をもとに考えます。1回目のテーマは、マインドフルネス(瞑想・呼吸)です。
この記事でわかること
- マインドフルネスが経営判断・集中・人への接し方に関わる3つの理由(研究から)
- 効きにくい場面と、合わない人もいること
- 大事な判断の前にできる「決める前の3分」の呼吸のやり方
- 私自身がヨガと瞑想を続けてきた中で感じていること
私がこのコラム「体と心から経営を整える」を書く理由
UNIBRAND代表の栢原です。私は、ヨガの先生をしていました。今も週に2〜4回、家でヨガのストレッチ、筋トレ、そのあと5〜10分ほどの瞑想をしています。教室に通わなくても、自分でいつでもできる状態です。
始めたのは2008年ごろです。そのころの私は、外に出られなくなった時期がありました。ヨガを始めて、外に出られるようになりました。そこで「このヨガを広めたい、伝えたい」と思い、ヨガの資格を取りました。これは私個人の経験で、誰にでも同じことが起きるとは限りません。
私は、体と心と経営のつながりを、次の順番で考えています。
- 体を動かすと、心が変わる
- 心が変わると、考え方が変わる
- 考え方が変わると、言葉が変わる
- 言葉が変わると、行動が変わる
- 行動が変わると、結果が変わる

心や考え方を、いきなり変えるのはむずかしいものです。でも、体を動かす、呼吸に気づく、といったことなら今日から始められます。このコラムが「体」から入るのは、そのためです。
UNIBRANDは「言葉もデザインも、経営戦略のひとつ」と考えて仕事をしています。上の順番では、言葉や行動の手前に心と体があります。このコラムが扱うのは、そのいちばん手前の部分です。
忙しい経営者の頭は、半分「ここにいない」
朝から電話、メール、見積もり、スタッフの相談。体はずっと会社にいても、頭は「さっきのこと」と「明日のこと」を行ったり来たり。そんな日は少なくないと思います。
主にアメリカに住む成人2,250人を対象にした研究では、起きている時間に集めた回答のおよそ半分(46.9%)で、人は「いまやっていること以外」のことを考えていました。心がさまよっているときは、幸福感が低い傾向もありました。
Killingsworth, M. A., & Gilbert, D. T. (2010). A wandering mind is an unhappy mind. Science, 330(6006), 932.
スマートフォンのアプリで答えた人が対象で、日本の経営者を調べたものではありません。それでも、「気が散るのは意志が弱いからではなく、人の頭のふつうの状態」と考えるヒントになります。
マインドフルネスは、ざっくり言うと「いま、ここ」に注意を戻す練習です。気が散らない人になる練習ではなく、散ったことに気づいて戻ってくる練習です。
マインドフルネスが経営に関わる3つの理由
1. 過去にかけたお金に引きずられにくくなる
すでに払って戻ってこないお金や時間を「サンクコスト」と言います。「ここまでかけたから」と続けてしまうのは、誰にでも起こりうることです。
約15分、呼吸に注意を向ける瞑想の録音を聞いた人は、何も意識しない録音を聞いた人よりも、サンクコストにとらわれずに判断しました。過去と未来への意識が減り、嫌な気持ちが減ることが関わっていると考えられています。
Hafenbrack, A. C., Kinias, Z., & Barsade, S. G. (2014). Debiasing the mind through meditation. Psychological Science, 25(2), 369–376.
別の研究者がオーストラリアの会社員47人と大学生119人で確かめたところ、10分の瞑想では同じ結果は出ませんでした(Williams & Polito, 2022, Frontiers in Psychology)。
ただし、最初の研究は実験用の架空のビジネス場面での判断です。元の研究は15分、追試は10分で、この違いが原因かどうかは分かっていません。「瞑想すれば判断を誤らない」とまでは言えません。
それでも、「続ける/やめる」を決める前に一度いまに戻る時間をとることには、意味があるかもしれません。
私は、「迷ったら挑戦する」と決めています。一方で、やめると決めたこともあります。自分が教える側として提供していたコーチング事業を、自分の中で効果が実感できなくなってきたときにやめました。
私は、大事なことを決める前には走っています。走りながら考えると、プラスの方向で考えやすいからです。瞑想ではないので、上の研究とは別の話ですが、決める前に体を動かす時間をとっている例です。
2. 気が散りやすい人ほど、集中が戻りやすい
アメリカの大学生48人を対象にした研究では、2週間のマインドフルネスの講座を受けた人は、栄養の講座を受けた人と比べて、読解テストの点数と、頭の中で情報を一時的に覚えておく力が上がり、テスト中の雑念が減りました。もともと気が散りやすい人ほど、変化が大きかったそうです。
Mrazek, M. D., et al. (2013). Psychological Science, 24(5), 776–781.
47の試験をまとめた研究では、不安などがやわらぐ効果は見られたものの、その大きさは小さめで、注意や集中への効果は根拠が乏しい、とされています(Goyal ほか, 2014, JAMA Internal Medicine)。
上の大学生の研究は、人数の少ない研究です。「集中力が上がる」と言い切れる段階ではありません。
3. 人への接し方がやわらぐ
アメリカの保険会社で、毎日マインドフルネスの練習をした社員は、練習を待っていたグループよりも、5日間で同僚を助ける行動が多くなりました。呼吸の瞑想をした人は、お金の面でも気前がよくなりました。相手の気持ちを思う力(共感)が、その間をつないでいると考えられています。
Hafenbrack, A. C., et al. (2020). Organizational Behavior and Human Decision Processes, 159, 21–38.
ただし「助けた」かどうかは主に本人の申告で、期間も短い研究です。
余裕があるかないかで、人への接し方は変わります。私の場合、スタッフや取引先など大人に対しては、あまり変わりません。けれど子どもに対しては、余裕があるときとないときで、対応がすごく変わります。
経営者の言葉は、社内に大きく響きます。むずかしい話をする前に、自分に余裕があるかを確かめる。それだけでも、言葉の選び方は変わるかもしれません。
先に知っておきたい「効きにくい場面」
マインドフルネスは万能ではありません。使う前に知っておきたいことが、いくつかあります。
やる気を出したいときには向かないことがある
15分の呼吸瞑想のあと、単調な作業へのやる気が下がった、という研究があります。作業の出来はほぼ変わりませんでした。未来への意識や気持ちの高ぶりが下がるためと考えられています(Hafenbrack & Vohs, 2018, Organizational Behavior and Human Decision Processes)。
仕事の成果まで上がるかは、まだ分からない
職場でのマインドフルネス研修23研究をまとめた研究では、ストレスや不安には改善が見られましたが、仕事の成果はデータが足りず、結論が出せませんでした(Bartlett ほか, 2019, Journal of Occupational Health Psychology)。
ほかの方法と同じくらい、ということもある
136の試験・約1万1,600人をまとめた研究では、平均すると不安やストレスが減る方向でしたが、結果のばらつきが大きく、すべての場面で効くとは言えませんでした。運動などほかの方法も、同じくらい役に立つ可能性があります(Galante ほか, 2021, PLoS Medicine)。
合わない人もいる
瞑想のあとで不安などが出る人もいる、という研究もあります(Farias ほか, 2020, Acta Psychiatrica Scandinavica)。
研究者自身も、マインドフルネスはブームが先に進んでいて、研究にはまだ弱い点が多い、と注意をうながしています(Van Dam ほか, 2018, Perspectives on Psychological Science)。
だからこそ、「もっと働くための道具」として使うより、「決める前に、いまに戻るための数分」として使う。このくらいの距離感がちょうどよいと、私は考えています。

今日からできる小さな一歩:決める前の3分
特別な道具や場所はいりません。椅子に座ったままでできます。

いつやるか
- 「続ける/やめる」「お金を出す」を決める直前
- むずかしい話をする面談や電話の前
- 1日の終わり、頭が仕事から離れないとき
1日の中で「この時間に行うのが一番いい」とはっきり示した研究は、今のところありません。毎日続けるなら、時間を決めるより「きっかけ」を決めるのがおすすめです。同じ状況で同じ行動をくり返すほど、意識しなくても続きやすくなるという研究があります(Lally ほか, 2010, European Journal of Social Psychology)。
私は、朝ヨガをしたあとに、そのまま5〜10分ほど瞑想をしています。パソコンを開く前、お昼を食べたあとなど、毎日かならずする行動のすぐあとにくっつけると始めやすくなります。
反対に、単調な作業に取りかかる直前は向かないことがあります(上の「効きにくい場面」で紹介した研究)。
何をするか
- 椅子に座ったまま、目を閉じるか、視線を少し下に落とします。
- 鼻から入って出ていく呼吸の感覚に、注意を向けます。
- 考えごとが浮かんだら、「浮かんだな」と気づいて、また呼吸に戻ります。何度戻ってもかまいません。
これは、研究で使われた「呼吸に注意を向ける瞑想」の考え方です。
もう少し落ち着きたいときは、呼吸の吐く時間を少し長めにしてみるのもひとつの方法です。
1日5分、吐く時間を長くする呼吸を1か月続けた人は、同じ時間マインドフルネス瞑想をした人より、気分の改善が大きくなりました。
Balban, M. Y., et al. (2023). Cell Reports Medicine, 4(1), 100895.
方法どうしを比べた研究なので、「気分の面では、瞑想より呼吸のほうが合う人もいるかもしれない」くらいに受けとめてください。

時間について
研究で使われた時間は15分前後のものが多く、10分では効果が出なかった追試もあります。ですから「3分で効く」とは言えません。ここでの3分は、忙しい中でも続けやすい長さとしての提案です。慣れてきたら、少しずつ延ばしてみてください。私自身は、1回5〜10分ほどです。
気をつけたいこと
- 無理のない範囲で行ってください。
- 持病がある方、心の不調がある方は、始める前に医師に相談してください。
- 呼吸が苦しくなったり、不安が強くなったりしたら、すぐにやめてください。
- 単調な作業に取りかかる直前は避けて、作業のあとにするのがおすすめです。
よくある質問
Q. 何分やればいいですか?
研究では5〜15分のものが多く、短いと効果がはっきりしない研究もあります。まずは続けられる長さから始めて、慣れたら少しずつ延ばしてください。
Q. 座禅やアプリ、特別な場所は必要ですか?
必要ありません。椅子に座ったまま、会社の机でもできます。大事なのは、呼吸に注意を向けて、それたら戻る、をくり返すことです。
Q. やってみたら落ち着かなかった、気分が悪くなりました
合わない人もいる、という研究があります。無理に続けず、散歩や運動など、別の整え方でもかまいません。気分の悪さが続く場合は、医師に相談してください。
まとめ:「整える」は経営の準備運動
マインドフルネスは、判断を必ず正しくするものでも、集中力や業績を確実に上げるものでもありません。効く場面と、効きにくい場面があります。
それでも、大事な判断の前や、人と話す前に、数分だけいまに戻る。体から入って心を整えることは、その先の考え方、言葉、行動、そして結果へとつながっていく、と私たちは考えています。いわば、経営の準備運動です。
次回以降は、睡眠やヨガなど、ほかの「体と心の整え方」を取り上げる予定です。